2009-07-04
佐久ホテル略史
佐久ホテル略史
正長1 1428望月城望月河内守光尚、大井家に客将として岩村田の今宿に招かれる山浦村一部と根々井村全部を領すと文献にあり。
河内守は現在の佐久ホテルの場所で宿泊や料理を提供(当館の祖)。同年、畠山重成宇都宮参河守追討足利義政檄文が当館現存。
寛正4 1463長男の望月左京佐光包が後花園天皇御勅使を御接待申し上げる
5 1464望月上野守光重、接待の功績により宮中より「篠澤」と(ささざわ)の読みを賜る
長享3 1489十代将軍足利源義植公より感謝状を賜り現存する。同年、芦田常陸助様より感謝状を賜り現存する。
天文 1531篠澤信重、武田信玄を御接待し「信玄直筆自画図」を拝領(家宝)。邸内の井戸の名水を沸かし風呂とし以来、旭湯と呼ばれる。旭湯は明治後期まで営業
天正3 1546篠澤伊賀守貞兼、長篠ノ戦に参戦し武田軍先陣をつとめ戦死する
永禄 1560同族の望月源八ら町内に鼻顔稲荷神社(日本五大稲荷)を創建
慶長5 1600篠澤対馬守信重次男印月斎一峯が同族の真田家のため出陣し関ヶ原戦に向かう徳川秀忠軍を御牧原から攻撃しその功績から同地に篠澤の地名を賜る
慶長191614篠澤右京が真田軍として大阪冬の陣に出兵
慶安 1648十月十九日小諸藩主青山因幡宗俊守公に篠澤篠澤佐五衛門献上鯉料理当文献佐久鯉最古の文書として佐久史学会が発表。当文書中のカラスミ、金平糖は江戸時代全国最古。なお金平糖は舶来品。
寛永1 1628篠澤源左衛門重淑、軽井沢より当地まで用水を引く。篠澤用水、篠澤水源の名あり※現在篠澤水源の水は佐久市の水道水の25%に使用されている
寛永1 1628歴史書「千曲川ノ真砂」に「岩村田ノ篠澤源左衛門手勢五百騎ニテ小笠原軍千五百騎ト戦ヒ両将ヲ大弓ニテ射大勝ヲ得ル」と記載される
元禄3 1691当館、祇園祭の御振舞を現在まで承る。(重要無形文化財指定)
101698篠澤佐吾衛門良長が高僧海誉上人を当館に招く海誉上人直筆文献は全国で当館のみ
享保5 1721篠澤佐吾衛門包淑神道官領ト部末流藤原重次に師事し神主免許を賜。免許証現存
元文2 1737〃 〃 八条右中將藤原英朝、内大臣藤原常雅一行をもてなし礼状を賜る
延享3 1628篠澤佐吾衛門包道、伊勢神宮の福島鳥羽大夫神官に佐久鯉料理献上
寛延3 1750岩村田藩主内藤美濃守正弼公西念寺法要につき篠澤佐吾衛門包淑御料理献上
宝暦2 1752篠澤佐吾衛門包淑、高僧「木食上人」を当館に招く。上人文書現存
宝暦? ?将軍徳川家宣公より感謝状を高崎藩主の松平右京太夫輝高公と岩村田藩主内藤美濃守公より賜る
5 1755 〃 〃 荒宿十二神社に石祠寄進(毎年、荒宿区より御幤賜)
5 1755 〃 伊勢町奉行の依田金十郎に本膳料理献上する
131763 〃 〃
安永1 1772 〃伊勢神宮神官で歌人の杉木宗大夫逗留「花盤雨迩散るとも志らて啼蛙」の句軸を賜
享和2 1802 〃の時、太田南畝、下江途路に逗留「紀行文」を記す
文政1 1818 将軍徳川家斎公より篠澤源吾兵衛包征が献上の礼状を老中大久保加賀守、藩主内藤豊後守経由で2通拝受する
1 1818小林一茶宿泊。「朝霧や 浅間の煙 膳をはう」の句碑現存
天保131843葛飾北斎投宿。「向島花見之図」現存
安政2 1855仙石隠岐守公御帰城につき西念寺にてご接待
文久1 1860皇女和宮様御降下時の臨時御休憩処に指定。調度品現存
慶応 1865篠澤豊太郎の妻菊の父が幕臣であった為江戸城騎士市川萬庵から小板流水の詩を賜
1865歌人老南堂滞在し「居故峰も又那き楼や花に月」の額を賜る
明治2 1870篠澤豊太郎、「太米楼」の名称で旅館兼料亭を始める
4 1872「晩香楼」から「篠澤旅館」のちに「佐久公会場」と改称
8 1876江戸時代から邸内にあった酒蔵を廃止する。
111879三条実美太政大臣宿泊され囲碁を楽しまれ礼状を賜る
151883篠澤豊太郎ら東京〜千葉に鉄道蒸気線(いろは丸)を走らせる。
181886宮内省の命を受け明治天皇の専用室を建設「佐久ホテル」と命名
311898島崎藤村宿泊される
401907柳田国男宿泊される
大正2 1913「犬飼首相、佐久ホテル大広間にて講演会を行ひ会集千二百名」当日信濃毎日新聞より
101921北原白秋逗留される
141925若山牧水逗留「白玉の歯にしみとおる秋の夜の酒は静かにのむべかりける」。「なるほど旨きこの鯉佐久の鯉…」。「ツイ其見ゆる落葉松の森…」など数々の執筆
昭和5 1930荻原井泉水、逗留され「和羅耶布流遊幾通毛留」の句をしたためられる
5 1930皇室菩提寺御寺泉湧寺大僧上逗留され書画百数十点のこされる
111936種田山頭火小淵沢から小海線を徒歩で歩き当館に立ち寄る
171942佐藤春夫当館に疎開し専用室建設「根腰山すそ萩尾花秋は浅間の煙さえ…」の句を造る
171942旧日本軍農兵隊宿舎に指定。家宝の「備前長舟」「長光」軍へ提供
581983当館に伝わる「祇園御振舞之儀」を含めた岩村田祇園祭が市重要無形文化財に指定
611986十八代目当主篠澤秀夫佐久ホテルを株式会社にして現在の建物完成
平成111999二百五十年ぶりに伊勢神宮へ佐久鯉料理を献上。佐久鯉感謝之碑を贈る
111999当館前の丸型ポストが日本丸形ポスト協会から「ポストのある風景全国百選定」に選定
111999日本最古野球部の慶応パトリック創立八十周年記念式典招待(当館は古くからの定宿)
122000当館から延享三年一月六日に佐久鯉を献上した事から一月六日が「佐久鯉誕生の日」に日本記念日協会が認定
152003当館伝来の御祓大麻を有形文化財に申請
152003ギネスブックに鯉料理400年伝承のホテルとして申請
162004篠澤支配人が天皇皇后両陛下紀宮内親王殿下御奉迎所役
162004高円宮妃殿下当館に御成
212009佐久商工会議所より100年企業表彰
正長1 1428望月城望月河内守光尚、大井家に客将として岩村田の今宿に招かれる山浦村一部と根々井村全部を領すと文献にあり。
河内守は現在の佐久ホテルの場所で宿泊や料理を提供(当館の祖)。同年、畠山重成宇都宮参河守追討足利義政檄文が当館現存。
寛正4 1463長男の望月左京佐光包が後花園天皇御勅使を御接待申し上げる
5 1464望月上野守光重、接待の功績により宮中より「篠澤」と(ささざわ)の読みを賜る
長享3 1489十代将軍足利源義植公より感謝状を賜り現存する。同年、芦田常陸助様より感謝状を賜り現存する。
天文 1531篠澤信重、武田信玄を御接待し「信玄直筆自画図」を拝領(家宝)。邸内の井戸の名水を沸かし風呂とし以来、旭湯と呼ばれる。旭湯は明治後期まで営業
天正3 1546篠澤伊賀守貞兼、長篠ノ戦に参戦し武田軍先陣をつとめ戦死する
永禄 1560同族の望月源八ら町内に鼻顔稲荷神社(日本五大稲荷)を創建
慶長5 1600篠澤対馬守信重次男印月斎一峯が同族の真田家のため出陣し関ヶ原戦に向かう徳川秀忠軍を御牧原から攻撃しその功績から同地に篠澤の地名を賜る
慶長191614篠澤右京が真田軍として大阪冬の陣に出兵
慶安 1648十月十九日小諸藩主青山因幡宗俊守公に篠澤篠澤佐五衛門献上鯉料理当文献佐久鯉最古の文書として佐久史学会が発表。当文書中のカラスミ、金平糖は江戸時代全国最古。なお金平糖は舶来品。
寛永1 1628篠澤源左衛門重淑、軽井沢より当地まで用水を引く。篠澤用水、篠澤水源の名あり※現在篠澤水源の水は佐久市の水道水の25%に使用されている
寛永1 1628歴史書「千曲川ノ真砂」に「岩村田ノ篠澤源左衛門手勢五百騎ニテ小笠原軍千五百騎ト戦ヒ両将ヲ大弓ニテ射大勝ヲ得ル」と記載される
元禄3 1691当館、祇園祭の御振舞を現在まで承る。(重要無形文化財指定)
101698篠澤佐吾衛門良長が高僧海誉上人を当館に招く海誉上人直筆文献は全国で当館のみ
享保5 1721篠澤佐吾衛門包淑神道官領ト部末流藤原重次に師事し神主免許を賜。免許証現存
元文2 1737〃 〃 八条右中將藤原英朝、内大臣藤原常雅一行をもてなし礼状を賜る
延享3 1628篠澤佐吾衛門包道、伊勢神宮の福島鳥羽大夫神官に佐久鯉料理献上
寛延3 1750岩村田藩主内藤美濃守正弼公西念寺法要につき篠澤佐吾衛門包淑御料理献上
宝暦2 1752篠澤佐吾衛門包淑、高僧「木食上人」を当館に招く。上人文書現存
宝暦? ?将軍徳川家宣公より感謝状を高崎藩主の松平右京太夫輝高公と岩村田藩主内藤美濃守公より賜る
5 1755 〃 〃 荒宿十二神社に石祠寄進(毎年、荒宿区より御幤賜)
5 1755 〃 伊勢町奉行の依田金十郎に本膳料理献上する
131763 〃 〃
安永1 1772 〃伊勢神宮神官で歌人の杉木宗大夫逗留「花盤雨迩散るとも志らて啼蛙」の句軸を賜
享和2 1802 〃の時、太田南畝、下江途路に逗留「紀行文」を記す
文政1 1818 将軍徳川家斎公より篠澤源吾兵衛包征が献上の礼状を老中大久保加賀守、藩主内藤豊後守経由で2通拝受する
1 1818小林一茶宿泊。「朝霧や 浅間の煙 膳をはう」の句碑現存
天保131843葛飾北斎投宿。「向島花見之図」現存
安政2 1855仙石隠岐守公御帰城につき西念寺にてご接待
文久1 1860皇女和宮様御降下時の臨時御休憩処に指定。調度品現存
慶応 1865篠澤豊太郎の妻菊の父が幕臣であった為江戸城騎士市川萬庵から小板流水の詩を賜
1865歌人老南堂滞在し「居故峰も又那き楼や花に月」の額を賜る
明治2 1870篠澤豊太郎、「太米楼」の名称で旅館兼料亭を始める
4 1872「晩香楼」から「篠澤旅館」のちに「佐久公会場」と改称
8 1876江戸時代から邸内にあった酒蔵を廃止する。
111879三条実美太政大臣宿泊され囲碁を楽しまれ礼状を賜る
151883篠澤豊太郎ら東京〜千葉に鉄道蒸気線(いろは丸)を走らせる。
181886宮内省の命を受け明治天皇の専用室を建設「佐久ホテル」と命名
311898島崎藤村宿泊される
401907柳田国男宿泊される
大正2 1913「犬飼首相、佐久ホテル大広間にて講演会を行ひ会集千二百名」当日信濃毎日新聞より
101921北原白秋逗留される
141925若山牧水逗留「白玉の歯にしみとおる秋の夜の酒は静かにのむべかりける」。「なるほど旨きこの鯉佐久の鯉…」。「ツイ其見ゆる落葉松の森…」など数々の執筆
昭和5 1930荻原井泉水、逗留され「和羅耶布流遊幾通毛留」の句をしたためられる
5 1930皇室菩提寺御寺泉湧寺大僧上逗留され書画百数十点のこされる
111936種田山頭火小淵沢から小海線を徒歩で歩き当館に立ち寄る
171942佐藤春夫当館に疎開し専用室建設「根腰山すそ萩尾花秋は浅間の煙さえ…」の句を造る
171942旧日本軍農兵隊宿舎に指定。家宝の「備前長舟」「長光」軍へ提供
581983当館に伝わる「祇園御振舞之儀」を含めた岩村田祇園祭が市重要無形文化財に指定
611986十八代目当主篠澤秀夫佐久ホテルを株式会社にして現在の建物完成
平成111999二百五十年ぶりに伊勢神宮へ佐久鯉料理を献上。佐久鯉感謝之碑を贈る
111999当館前の丸型ポストが日本丸形ポスト協会から「ポストのある風景全国百選定」に選定
111999日本最古野球部の慶応パトリック創立八十周年記念式典招待(当館は古くからの定宿)
122000当館から延享三年一月六日に佐久鯉を献上した事から一月六日が「佐久鯉誕生の日」に日本記念日協会が認定
152003当館伝来の御祓大麻を有形文化財に申請
152003ギネスブックに鯉料理400年伝承のホテルとして申請
162004篠澤支配人が天皇皇后両陛下紀宮内親王殿下御奉迎所役
162004高円宮妃殿下当館に御成
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